VOL.87「松の葉」

2011/06/01

教員をしているとクラス会やクラブのOB,OG会に招ばれることがよくある。卒業後の生徒がどんな生活をしているか気になるところであり、教師にとって至福とは言えないまでも愉しいひと時となる。

二年ほど前に卒業生の一人から連絡が入り、「自分たちも還暦を迎えるのでこれを機に、学年会を開くから来て欲しい」という。
授業はしていたが担任を受け持っていたわけでもないので、「他の先生は?」と訊いたら、「先生だけです」という。担任の先生方はほとんど亡くなり、一人では動けない先生がいるだけだという。今更ながら時の流れの速さを痛感した。当時私は新卒の新米教師だった。学校には和服を着た先生が何人もいたし、学校のすぐ横には銀座まで行ける路面電車も走っていた。喜んで出席させてもらったが流石還暦を前にした人たちでセーラー服を着ていた頃の騒々しさは影を潜めしっとりした落ち着きが漂っていた。

若い世代のまだ学生ばかりの会となると、趣はガラリと変わり騒々しさの坩堝(るつぼ)となる。男の子たちは飲めない酒を無理に飲まされて悪酔いする者まで出たりする。女子大生ばかりの会では近くにいたサラリーマンから羨望の眼差しを向けられた。

折角晴れやかに集まった卒業生たちの前に恩師たる教師がいかにも尾羽打ち枯らして貧乏臭く登場したら会の気勢を殺ぐことにもなりかねない。私は着ていくものも見苦しくない程度に気を使って出かけるようにしている。

会費も私は予めそれなりの額を包んで用意して行く。その表書きであるが、昔、先輩教師から「寸志」よりは「松の葉」か「みどり」を使うよう勧められた。「松の葉」の意味を調べると、「松の葉にかくれるほど僅かな」と謙遜した意味らしい。
いかにも日本人らしい奥ゆかしい言葉である。以後もっぱらこの文字を書いている。

こうした会に出るのも教師の仕事でアフターケアの一つと思って事情が許す限り出るようにしている。

ただ、あくまでも会の主役は卒業生で教師は脇役に徹し、松の葉のように慎ましく奥ゆかしくありたいと思っている。

2011/6/1 彦井 脩

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。