VOL.52「違和感」

2010/09/08

先日読んでいた本に、日本人は周囲との違和感に悩むが欧米人は他者との同化を感じた時に慨嘆するといったことが書かれていた。
「私は皆と同じになってしまった」と嘆くのだそうだ。

日本人の自殺者は年間3万人を超えるという。
三年に1回日露戦争をしている戦死者数に匹敵するというから恐ろしい。
その全員ではないが他者との違和感に悩んだ末にという人が多いようだ。
「私は皆と同じようになれない」というものだ。

日本人は他者の目を意識して視線恐怖症になる人もいるという。

周囲との異質な面を発見され指摘されることを恐れるのである。

余計なことかもしれないが曇りガラスは日本人ならではの発明だそうだ。
明りは取り入れるが外からは見られないという障子紙と同じ発想である。
私の歳になれば隠すべきものなど何もないが曇りガラスも障子も私は大好きだから典型的な日本人なのかもしれない。

他者の目を意識せず、他者の評価を気にしない人などいないと思うがそれも程度問題である。

教師の立場から生徒を見ていると、病的と思えるくらい周囲と同じ色に染まりたがる者も多かった。
男女両方の学校を経験したがやはり女子の方がその傾向は強かったように思うが近ごろ男の子も周囲に敏感に反応するようになったような気がする。

他者の視線に迎合することは、自分の評価を他に委ねることでもある。
教師自身も自己を確立しておかないと生徒の自己形成を促すことは難しいであろう。
生徒には欧米人のようになれとは言わないまでも、自分は自分でつくり上げていくしかないことをはっきり伝えておくことが大切である。

周囲の状況に自分をさりげなく合わせる日本人の繊細な気配りの調った奥ゆかしさは日本人の美徳である。
ただ、他に振り回されていては逆境に立った時に被害者意識にとらわれ、なかなか立ち直ることができないだろう。

自分で判断し自分で選んだ旅ならば、たとえどんな障害が出現しても自力で突破する知恵と勇気が出てくるはずである。

2010/9/8 彦井 脩

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