Vol.47「自己憐憫」

2010/07/28

自分を悲劇の主人公のように思い込む、あるいは仕立てる生徒がけっこういた。

かつて吉屋信子などが活躍した少女小説といわれる作品群のほとんどは悲劇的な内容であった。
たいていハッピーエンドに終わるが私の姉などは大粒の涙を本の上にこぼしながら読んでいた。
継母に苛められるといったお定まりの主人公の境遇に完全に同化し、感傷的な負の心地良さの中にどっぷりと浸かっていた。

中高生の世代にはヒーローになりたいという思いと自分を真逆な可哀想な存在だと思い込む気持ちが同居しているようである。

昔は悲劇派の女の子が圧倒的に多かったが、今はヒーローを夢見るよりも「ボクって可哀想!」と自己憐憫に陥る男の子が多くなっているようで恐ろしい。

自分がいかに恵まれていないかを確かめ悲劇の主人公を気取っているうちはいいが、感傷から被害妄想、やがては加害者になってしまうという事件が近ごろ多発しているように思われてならない。

ずいぶん大げさな論理の飛躍のようだが的外れでもないと思う。

では、この自己憐憫型の生徒にどう対応したらいいかである。

まず彼らに、「自分は可哀想だ」と内に向かって心が働けば視野は狭くなって自己を客観的にとらえることが難しくなり、ますます自己憐憫の深みにはまり自分が誰よりも可哀想な存在だと思い込むようになることを。
また自分のことだけに精一杯になると周囲の人々の心の痛みにも鈍感になり、やがては社会的にも孤立することを上手に話してやることだ。

身辺に問題が生じた時自分を哀れんだところで何も解決しない。

日頃から何か問題が起きたら、その原因をとことん分析し、今何が自分にできるかを考える習慣を身につけておくことを生徒に伝えたいものである。

困ったことに教員の中にもこの自己憐憫型の人が多くいて絶えずタメ息をついたりしている。
相手が同僚では手の施しようもないが生徒に悪影響を及ぼすようであれば生徒と同じような忠言をさりげなく聴かせるべきだ。

2010/7/28 彦井 脩

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