Vol.45「もったいない」

2010/07/14

最近あまり聞かれない言葉に「もったいない」がある。
戦後の物のない時代に育った私は絶えず耳にしていたし、自分でもジュースがほんの少しコップからあふれても、味噌汁がこぼれても「もったいない」を連発していた。

その後急速な経済成長にともなって、大量生産、大量消費が製品の価格低下をもたらすということで使い捨ての物が氾濫し、「もったいない」という言葉を使う頻度が少なくなってきたようだ。

小学生の時、朝礼で校長先生が一本5円(当時はそんな値段でした)の鉛筆もたくさんの人が関わって出来上がることを話し「皆さんに5円あげるから鉛筆を作れと言っても出来ないでしょう。
一本の鉛筆も多くの人の手で作られ、色々な人の手を経てみなさんに届けられたのです。
だから短くなっても大切に使いましょう。
」と結んだ。

小中高を通して校長先生の話で憶えているのは唯一これだけである。
もちろん私たちも短くなった鉛筆をギリギリまで使い、持てなくなると長くして使えるサックに差し込んで書いていた。

ところが近ごろは放課後生徒と一緒に掃除をしていると、まだ十分使える筆記具やケシゴムや定規などがゴロゴロ出てくる。

黙って見ていると掃き集めて捨てようとするから「ちょっと待て!」といって翌日の朝「誰かこれ落とした人いますか。
」と言っても「ボクっす」と言って申し出るのはまれである。
お陰で私の文房具ほとんど拾い物ですませていた。

言葉はさまざまな時代や生活を背景に使われる。
バブル絶頂期にも「もったいない」という言葉が死語にならずに生き残ったのは、ものを大切に長く使う慎ましい人がまだいたからだろう。

慎ましいことは貧しいことでもケチでもない。
よく日本人の美徳として挙げられるのが謙虚さとこの慎ましさである。

些細なことかもしれないが、「もったいない」という言葉が自然なかたちで使われるような慎ましい生活を、教師が身をもって生徒たちに示すのも良いと思われる。

2010/7/14 彦井 脩

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