Vol.4 「教師の良心」

2009/09/09

高邁な理想に燃えて教職の道を選んでも、必ずしも自分の理想通りの生活は待っていない。

時には教師としての良心に逆らうような場面にも遭遇する。
個人的に時間をかけて教えたい指導項目も、学校のシラバスが優先される。
また、私学は学校独自の精神と経営の二本の柱で支えられており、個々の教師の教育理念が後回しになることは必至である。

教師はそうした環境の中で、いかに自分の理想とする教育を貫くかに悩み苦しむことにもなる。
給料に殉じてひたすら自分を殺して、周囲に同化することだけを願うようになってしまう者も現れたりする。

教師は他に優先して生徒と向き合わなければならないという。

確かにその通りだが、周囲といかに折り合いをつけるかが前提となる。
いくら生徒のためだからといって、なりふり構わず我が道を突っ走られたら周囲の教師はたまったものではない。

熱心さ余って、生徒の前で過激な発言を口にする教師もいるが、自ら自分を窮地に立たせてしまうだけで良い結果を生まない場合が多い。
若干賛意を示す生徒がいてもあまり意味がない。

学校の何かを変えたいのであるならば、早く変えられる立場になることだ。
陰で力のない者が何を言ってもそれは単なる愚痴にしかならない。
だとしたら現状にうまく折り合いをつけながら、多少なりとも自分の考えを実現させることである。

先生の学校批判とも思える言葉を生徒が耳にしたら、どうして他の学校に行かないのかと思うだけである。

生徒たちの批判精神を育てるなどと思うのは、余計なお世話なのである。

教師の良心とは、自分の置かれた立ち位置とうまく折り合いをつけて、授業を通して生徒と共に真理を追究する日々を送ることであると思う。

2009/9/9 彦井 脩