Vol. 34「転轍機」

2010/04/14

分岐点で列車の方向を切り替えるのが転轍機である。昔は手動で操作していたが、今はきめ細かくダイヤがプログラミングされてほとんど自動化されている。

長い人生の道のりにはいくつかのターニングポイントがある。

当然のことながら私にもいくつかの転機は訪れた。それは「あの日、あの時」と歴然として蘇ってくるものもあるし、徐々にカタチになったものもある。

教員をしていると、生徒たちの大きな転機に立ち会うことがある。家庭の事情による深刻なものから進路に関わることまで多岐にわたる。

もちろん教師が転轍機の操作を担えるはずもなく、一定の距離をおいて見守るしかない。人生は結果ではなく、どう生きたかである。教師のできることは、生徒が節目ごとによりベストな決断を下せる力を養うことである。

私が教師になった昭和30年の末頃は生徒の身の処し方が今より切実感があり、転轍機も自らの力で操っていたように思う。

今日本経済は受難の時代を迎え、就職活動も厳しいといわれている。ただ学生たちを見ていると、自分の進路をオートメ化された転轍機に委ねているようにしか見えない。

自分がどんな仕事をしたいかではなく、有名企業であったり、景気に影響されない公務員であったり、就職情報誌の言葉のままに右往左往しているようにしか見えない。

主体性もなく不遇を嘆きながら、皆がいわしの群れのように行動するから、凄まじい激戦の場が展開されることになる。

懐古主義者のつもりはないが、ブレることなく我が道を選び、清貧に甘んじていた昭和30年代の若者たちの生き方に学んでもいいように思う。あのソニーも資本金19万円の東京通信工業(東通工)という品川の小さな工場だった。若い技術者が夢を紡いだこの会社は1946年にスタートしたというからそんな昔のことではない。

情報過多の時代ならばこそ、自己を確立し信じる道を突き進むことの大切さを生徒たちに伝えたいものである。

2010/4/14 彦井 脩

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。