VOL.250 玉磨かざれば光なし

2015/02/04

学校を退職してからも引き続き弓道部の指導をしている。中高一緒に活動しているので、毎年4月になると中高合わせて十数名の新入部員を迎える。

武道も芸事の一つで向き不向きがある。弓を持って立っただけでサマになる者もいればブザマな者もいる。毎年、できることなら均整のとれた体幹のしっかりした生徒が多く入部してほしいと密かに願っている。

弓道は弓と矢とユガケ(弦を懸ける手袋状のもの)という道具を使う。道具に扱われないで、その性能と特質をいかに上手く使いこなすかがカギになる。自分の身体の中心線を崩すことなく真っ直ぐ立って弓を身体に当てはめるように引くのだが、これが難しく、初心者は弓に身体を合わせにいってしまう。

半世紀以上も生徒を教えてきたが優れた資質を持つ生徒が必ずしも名を遺す選手にはならなかった。優れた才能も努力無くしては大成しない。才能とは努力できる才能のようだ。しかも心を抑圧するような努力ではなく努力を努力と思わないような生徒が良い選手になった。

教え子の中には全国高校総体や国体にも出場し、それぞれに大学でも中心選手になって活躍している者もいる。そういう生徒達はそろって努力を惜しまず練習好きであった。クラブ活動のできない日には町道場などに出稽古にも行っていた。

「玉磨かざれば光なし」という言葉がある。出典は礼記の「玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず」だそうだ。どんな逸材も本人の努力無くして開花することはないということだ。

和弓は極めて的中率が低い。「正射必中」という言葉がある。「正しく引けば必ず中る」というのだ。ただ逆は真ならずで中ったから正しいとは限らない。クセのある引き方でも偶然にバランスがとれることもあるが継続性も鋭さも望めない。

的中率が50%を越えると初心者の域を脱したと認められるが、目先の中りに満足せず努力すれば資質に恵まれなくても70%台の的中率は得られ、高校生レベルでは十分戦える。「才能と努力あっての天才」はどの道にも共通する条件のようである。

 

2015/2/4 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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