VOL.245 伝えたいこと

2014/12/24

早いもので今年もいよいよ残り少なくなった。年齢とともに歳月の流れは加速度がつく。同年齢の小学校仲間との約束も数ヶ月、半年先の日程を平気で決めている。

小学生だった頃の半年先は「遥か彼方」にあったが、今は「ほんのちょっと先」くらいにしか感じられない。「それは言い過ぎだ」と思う方はまだ若い証拠である。

日々反省することもなく目先の雑事に追われ、気がつけば古稀を超えていた。

とはいえ「悔いのない人生を送れ!」などと言うつもりはない。むしろ「たとえ悔いのある人生であっても生きた意味はある」と言いたいのである。

ひと頃、昔の仲間と「若い頃に戻りたい」などとよく話し合った。多くは「もっと勉強しておけばよかった」派だが、一部「学生時代あれだけ勉強したのに・・・もっとノンビリやればよかった」派もいた。もちろん私は前者だが、そのいずれに属する者も自分が歩んだ人生を無意味とは思っていないようだ。

所詮やり直しのきかぬ過去をいくら話しても仕方のないことで周りの面々を見るにつけ「どうせ昔に戻ったところで同じことを繰り返すだろう」と思った。それもお互い様でいつしか「若い頃に戻りたい」などと誰も話題にしなくなった。

思えば私の世代は、物心がついたときは戦争の真っ只中、小学校の低学年の頃はみんな腹を空かしていた。もちろんTVもゲームもない。丸めたボロ切れをタコ糸でまいたボールと竹で作ったバットで日が暮れるまで遊んだ。そんな時代に満たされた生活を通した者などいないが、自分の人生を否定する者など誰一人いない。

この世に無益に生を受ける者はいない。幼なじみと会うだけでホッコリとした気持ちに包まれる。自分も仲間たちにそんな思いを起こさせているかもしれない。それだけでも生きる意味は十分ある。

今の子ども達は事ある毎に「頑張れ」と励まされ続けている。頑張れないで挫折感を押しつけられる子もいる。教師の使命は多様だが「頑張れ」と励ます前に先ずは「社会的に生きる」ことの意味を教えたい。周辺の人と関わって生きているだけで「生きる意味」は十分あることを自らの経験を踏まえてでも伝えたいものだ。

 

2014/12/24 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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