VOL.244 追儺(ついな)

2014/12/17

何かというと日本人は災いや穢れを水に流したり、祓ったりしてスッキリする。大晦日には「鬼やらい」が各地の神社で行われる。1年の穢れを祓って新しい年を迎える準備をするためだ。「鬼やらい」は「追儺(ついな)」とも言われ、平安時代から宮廷で大晦日に行われている行事だそうだ。

私は学生時代弓道部に所属していた。毎年大晦日になると在京の部員たちが道場に集まって「追儺射会」と称して1年の穢れを矢を射て祓い晴れやかに新年を迎えたものだ。

年末年始に神社仏閣を訪れ一年の穢れを祓ったり、一陽来復を願う善男善女の姿は日本ならではの風物詩である。日本人はハロウィンもクリスマスも鎮守様のお祭りも同様に楽しむ、概して宗教には至って曖昧で淡泊な国民性を持っている。その是非を問われたら断然是と答える。今世界で宗教への強い忠誠心が紛争の火種になっているからだ。淡泊な宗教心が平和を支えていると言えないこともない。たとえ寺社に願ったことが叶わなくても文句を言う人などいないが、それも神仏とのゆるい距離によるのかもしれない。

元来、追儺といっても、鬼のような悪霊を追い払うのではなく自分の心をリセットして心身共にリフレッシュして幸せを迎える姿勢を正すことに目的があるそうだ。

今年もあと僅かだ。身も心も健やかに幸せに向かって新しい年を迎えたいものだ。

幸いに日本は四季の変化に富んだ国である。季節の節目ごとに草木は芽吹き、花を咲かせ、やがて実を付け紅葉する。日本人は月ごとに、季節の節目ごとにリセットして新に姿勢を正すことをしてきた。

安部内閣はこの年末に総辞職して衆議院の総選挙となった。人気のあるうちの「今のうち解散」などと揶揄する人もいるが、政治家の皆さんの心に宿る鬼たちを追い、心の穢れを祓う「追儺選挙」になってくれたら結構なことかもしれない。アベノミクスの3本の最後の一矢が破魔矢となり天翔て閉塞している日本社会の暗雲を打ち払うことを心から祈りたいものである。

 

2014/12/17 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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