VOL.240 授業準備と省く力

2014/11/05

学校は一年の始まりが入学式に続く始業式である。真新しい制服に身を包み緊張した面持ちの初々しい新入生と上級生の初対面となる。どの学校も新年度のスタートに向けて校長が話した後に新任教師が紹介される。

毎年学校は新学期に新たな血が入って蘇生を繰り返している。

全校生徒の前で自己紹介や抱負を語った新任教師は意欲満々で授業準備にも長時間かけ指導計画を練り上げる。ところが教師生活に慣れてくると要領よく不要な情報や労力は省き時間にも余裕が出てくる。その際の何を取り何を捨てるか、取捨選択の能力が以後の教師力を決めることになる。教師の仕事は、授業も校務もいくら手をかけてもきりはないし、いくらでも手も抜けるからだ。ベテランと若手の違いはいかに省きいかに捨てられるかである。ただ手を抜くだけといったベテランもいるが、それは管理職が手を抜いているからだ。

 中学生時代に、社会の歴史的分野を古代から現代まで教科書の全てを習った経験を持つ人は少ないと思う。古代、中世あたりに時間を割いて、今の政治経済を知る上で最も大切な近現代を省略する教師がいかに多いか分る。時間数が足りないなら授業計画の段階で時代転換の契機となる根幹をおさえて枝葉を省くことができるはずだ。少々大まかになっても近現代をバッサリ捨てるよりもはるかに良い。

 国語の授業で教科書に載っている文学作品を「この作家は嫌いだから省略します」と、「したり顔」で宣言する教師もいる。教科書は余裕をもって編集されてはいるが、飛ばした箇所にそこにしか出てこない常用漢字があったら、生徒は覚える機会を失うことになる。基本的に自分の好き嫌いを生徒に押しつけるのが間違っている。

 教師にとって不可欠の条件は多様だが、取り分け授業を進めていく上で何を省き残すかという力は生徒に与える影響が大きい。新聞記者は記事を一本書くとき重大な情報から順次軽いことを書くという。紙面は限られていて他に事件が起きた時はスペース確保のために、軽い情報から省き記事を短くするという。教師の授業準備もその程度の配慮はしておきたいものだ。

 

2014/11/5 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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