VOL.234 「ヤバイ」の濫用

2014/09/24

街中でもTVでも「ヤバイ」という言葉をよく耳にする。不快とまでは思わなくても好感を覚える人は中年を越えた世代には少ないと思う。元来ヤクザなど堅気でない人が不都合な状態に出遭った時に用いる言葉であった。

今では「スゴイ!・リッパ!」などと、英語の“That’s great!”に相当するような称賛や感嘆の意味にも用いられ是非に関わらず汎用性のある言葉になっている。

もし若者たちに「ヤバイ」使用禁止を命じたら、彼らの言語生活はパニックに陥るかもしれない。

特定の範囲内でしか通じない表現も困るが、様々な場面での個々のユニークな心の起伏全て「ヤバイ」で片付けられるのも釈然としない。

日本人は元来、豊かな表現を用いる言語生活をしてきた。賞め言葉も「素晴らしい・素敵・最高・かっこいい・お見事・ご立派・・・」、「乙ですねー・粋だね・正に神業ですね・・・」などと言ったりもする。対称代名詞も「キミ・あなた・おまえ・貴様・貴公・・・」など多様である。

 先ごろ心理学者の榎本博明氏の文章を読んでいたら、英語の「I」は「私」と中学校で習い、誰も疑うことがないが、心理学的にみるとまったく違った心の性質を表しているとあった。英語の「I」はどんな文脈にあっても変わらないが、日本語の「私」は文脈によって「お父さん」「わたし」「自分」「オレ」「わし」と変わるという。

たしかに日本人は人間関係やさまざまな生活の場面に応じて適切な言葉を選択肢し巧みに使い分けてきた。

ところが今、独自の個性や特性を確立すべき世代の若者たちの言語生活の貧困さを痛感せざるを得ないのは私だけではないと思う。無個性で月並みな表現が若者たちに氾濫している。「ヤバイ」もその一つである。「どのように、どの程度ヤバイ」のか問い質したくなる。今や保育園児までカタコトで「ヤバイ」と言うそうだ。決して美しい言葉ではないし、今や陳腐とも言える「ヤバイ」を小さな子どもたちの前では使わないように心がけたいものだ。

 

2014/9/24 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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