VOL.232 「いなしの智恵」涌井雅之著を読んで

2014/08/27

涌井雅之著「いなしの智恵」を読んで大いに感銘を受けた。涌井氏が造園家で長崎のハウステンボスを手がけたのは知っていたし、TVのコメンテーターとして心に響く発言をする方とも思っていた。

この一冊を手にして、自分の知識がいかに断片的で狭隘なものであるかを痛感させられた。是非読まれることをお奨めしたい。

「いなす」は「往ぬ・去ぬ」+「す」からできた言葉で、「自分に向けられた攻撃を巧みにかわす」という意味に用いられる。相撲でよく使われる言葉だ。愛媛県では「真面目にせな,いなすぞ」といった使われ方もするらしい。

日本は自然の美しい国だが、自然の厳しさもある。豪雨、豪雪、地震、津波に繰り返し襲われてきた。国土は山から海への落差が急峻で治水も力で立ち向かうのではなく信玄堤のように上手く水を逸らす方法がとられた。

昔台風の進路を変えるには原爆複数の力をもってしても難しいと聴いたことがある。人々の心の中に自然の脅威に真っ向勝負を挑むよりも上手く「いなし」て、自然の力を借りて共に生きるといった発想が日本人の基本的な智恵になっているという涌井氏の指摘も納得がいく。

東北大震災から三年の歳月が流れたが必ずしも満足に復興は進んでいない。古代から持ち続けてきた日本人の智恵が今こそ活かされるべきである。日本人の科学技術は分野ごとには世界的にもかなり高いレベルにある。しかし主導的な立場にいる人の中に各分野の智恵を統括し大局的な見地に立ってプロデュースできる人が少ないという。日本人の有識者と称する人々の弱点が露呈することになった。

今東北の海岸に大堤防を築く計画が進んでいるという、大規模な人工物には莫大な建設費も維持費もかかる。日本には五重塔のような優れた耐震構造物を造る知恵も、信玄堤のような知恵もある。涌井氏の著作を紹介しながら、日本人が自然と折り合ってきた長い歴史の中から培われた「いなし智恵」を生徒と語り合う時間があってもいいと思う。

2014/8/27 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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