VOL.224 グローバルとコミュニケーション

2014/06/18

アベノミクスの3本の矢は正鵠を射たのだろうか。若干景気は上向いていると聴くが一庶民の身にはまるで実感がない。いずれにせよ多額の学費を要する都内の約200の私立中高は一部を除いて正にサバイバルの渦中にある。

各校それぞれに他校との差別化にを削り、先取り授業・グローバル化・コミュニケーション力等々標榜するも右にえで逆に無個性化を招くといった皮肉な状況を呈している。

どの学校の入試案内を見ても「グローバル」とか「コミュニケーション」という言葉が踊っている。確かにグローバル化無くして資源の乏しい日本の経済は成り立たない。真のグローバル化は異文化交流と理解に基づく。一神教であるイスラム教やキリスト教の信者が多い国々より、多神教の日本は異文化を上手く取り入れてきた歴史もあり、グローバル化には恵まれているはずだが他国に遅れをとっている。

主たる原因に英語教育の貧困が指摘される。言語は相互理解の有効なツールであり極めて至当な見解である。カタカナ語の功罪や、日本では場の空気を読み他人と異なる意見を吐かないことや、受け身の姿勢が歓迎される点を上げる人もいる。

「決して理解できないものを理解しようとする営みこそ真のこみゅにけーしょんと呼ぶべきではなかろうか」といったことを森見登美彦が「聖なる怠け者の冒険」という小説の中に書いていて成程と思った。

折角、語学留学しても日本人学生は仲間内で日本語の雑談をしていることが多いという。「先生が当ててくれないから英会話が上手くならない」と嘆く学生もいるそうだから驚く。

グローバル化もコミュニケーション力も英語力の向上もまずは基本的に相手を理解しようとする積極的な姿勢と意欲の強化から始めなければならないようだ。

他と異なる意見も堂々と主張する力と、自分と異なる意見に進んで耳を傾ける人格が共に養成されるような環境づくりこそ、発信力のある真の国際人を育てる第一歩になるように思われる。

2014/6/18 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。