VOL.221 時間の観念

2014/05/28

待ち合わせに必ず遅れて来る人がいる。遅刻は相手の時間を奪うだけでなく「何かあったか?」「場所を間違えたか?」といった不安感も募らせる。

真偽の程は分からないがブラジルでは1時間遅れは当たり前という。大体ラテン系の人々は時間にルーズだという。のどかな自然環境や社会環境が天真爛漫な人柄を育て緩やかな体内時計を創るのかもしれない。多分に誇張された表現と思っていたら、ブラジルやメキシコから帰国した人も否定しないから満更ウソでもなさそうだ。だとしたら迷惑な人たちだがビジネスマンは時間厳守と聞き若干ホッとした。

よく世間の親たちは時間の観念の無い我が子に思い悩む。「早く宿題をやりなさい」「早くお風呂に入りなさい」と何度言ってもどこ吹く風と受け流し、ゲームをやり続ける子どもの態度にキレて大きな声を上げるハメになる。

時間の観念に乏しい人は病気といっていい。軽度の場合は若干の不興を被る程度ですむが重篤になれば精神疾患という立派な病名もつく。

夏休みの宿題を残り数日になってヤッツケ仕事で終わらせた経験は誰しも持っている。泣きながらでも始業式まで間に合うようであれば問題ないが、カエルの顔に水といった全く痛痒を感じる様子もなければ早期治療が必要となる。

自分も該当するのだが、いい大人になっても一度やるぞと決めたことを延々と先延ばしする人は多い。ましてや子どもともなればイヤなことは先延ばしどころかできる限り思い出さないようにする。

教師としてそうした子どもとどう向き合うか対処療法を確認しておくことも大切だ。まず大事なことは「まだ○○日あるから大丈夫!」という考え方を改め「これをやるには何日かかるか」を考える習慣をつけさせることだ。1日を取り上げても、睡眠、入浴、食事、お稽古ごと等々引き算したら自由になる時間は案外少ないものだ。夏休みが40日あっても1日の自由時間をかけ算したら驚くほど限られた時間である。宿題の量と消化時間・労力を対照しスタートする時を考えさせて、「今でしょ!」という思いに至るような生活環境を生徒達が構築できれば結構なことだ。

2014/5/28 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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