VOL.217 入学式を欠席した担任

2014/04/16

先日、自分が担任を務める1年生の入学式を欠席した埼玉県立高校の女性教諭が話題になった。子どもの入学式に出席するための欠席だった。この1年間担任として受け持つ多くの生徒よりも我が子を優先したのだ。

私は二つの私立校に40年以上勤めたが我が子を優先するようなことは一度もなかったし、同僚にもそんな教師はいなかった。「今日はウチの息子も入学式なんですよ」といった会話が交わされるのを何度も聞いたことがある。

学校行事は諸条件をよく考えて決められ、文化祭や運動会の日も他校と重なることが多い。かつての教師は公立私立にかかわらず、教職に就いた時点で他の保護者と同じようにはいかないと覚悟を決めるのが普通のことだったと思う。

私立学校の教師はサービス業に職業分類されることもある。確かに数多ある学校から一校を選んで入学してくれた生徒は、神様ではないとしても顧客に相当し最高の教育を施すのが至極当然のことと思っていた。

さまざまな職業があり、それぞれに特殊な事情をもっているが少なくとも教師は公立私立を問わず聖職であるという自覚を持ちたいものだ。昔JRが国有鉄道だった頃、綱紀は乱れ職員の怠慢な仕事ぶりや多発する事故で非難を浴びることが多かった。民営化された以後かなりサービスが向上した。今や公立学校も綱紀粛正とは言わないまでも顧客を第一とする民間の論理を持ち込む必要があるように思う。

時と場合によっては我が子の入学式にも参列もできないと犠牲を強いられる意識を持ったら不幸なことだ。権利を行使する前に子どもと親の仕事や立場について話し合い、最良の記念となるカタチを見つけてほしかった。

「休暇を認めていながら文句をいうな」とか「当然の権利を行使しただけ」という意見も寄せられているようだが、新入生にとっては、担任の先生との初の記念すべき出会いである。「自分がいなくても何らマイナスにならない」と思うのであれば、「生徒を軽んじ自身の存在も教師という職業も併せて否定することになる」といった危惧を感じてほしかった

2014/4/16彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。