VOL.214 東日本大震災に学ぶ

2014/03/19

東日本大震災から3年が経った。地震発生後の大混乱がつい昨日のことのように思い出される。各マスコミもこの過酷な試練とも言える災害を風化させることなく、さまざまな切り口で復興の様子などを取り上げている。

先日、たまたま観ていたテレビ番組で石巻市の大川小学校のほぼ70%の児童と教員の命が奪われた様子を詳細に取り上げていた。もともと児童の安全を考えて市内の高台に建てられた学校であったらしい。そういった立地も影響したのか判断を誤り逃げ遅れる結果を招いたようだ。

早々に裏山に逃げるべきだと訴えた先生や児童もいたようだが聞き入れられなかったらしい。判断の是非はその場に居合わせた者のみぞ知ることだが、前途洋々の未来を突然断たれた子ども達を思うと胸が締付けられる。

昔からの言い伝えや記録やデータが校舎を越える津波は来ないとあれば大地震直後の道なき裏山に多くの児童を登らせるリスクを考えて躊躇するのも分かる。

五木寛之の「新老人の思想」を読んでいたら、「これまでの人生経験は学者やジャーナリストのような、正確な資料や統計による議論が、ほとんど当てにならないことを教えてくれた。だから自分の実感で、ものを言わせてもらう」といったような言葉があった。長く生きてきた身として共感を覚える一節であった。

確かに安全だったはずの原発も津波の一撃で破綻し、福島の人々に限らず全国民的規模で打撃を受けた。専門家や研究者の知恵も役に立たなかった。不幸な出来事ではあったが、むしろあの程度で済んだことは幸運だったという識者も多い。

大川小学校も記録とデータに基づいた選択をした結果が裏目に出たのかもしれない。とかくインテリと称する人たちは常に冷静を保ち根拠のある行動を求める傾向がある。子どもの命を預かっている教師はイザというときには過去の記録や科学的なデータを超える判断を要することもあるだろう。五木氏の言葉を借りるまでもなく、現場での実感を優先した方が確かなこともある。また時には子ども達の鋭い直感に従うことが正解になることも覚えておきたいものだ。

2014/3/19 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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