VOL.211 道徳の教科化

2014/02/05

道徳の教科化がほぼ決まりそうである。今までは教育活動の一環として道徳教育が行われていた。終戦の昭和20年までは修身という名で子どもたちの精神形成の役割を担っていた。修身の教科書には吉田松陰や勝海舟、米国初代大統領のワシントンなど古今東西の偉人の話が載っていた。ワシントンが桜の枝を伐ってウソはつけないと正直に答えたという話は修身の授業を通して誰もが知っていた。

法律の対象にはならない「人として守らねばならないこと」が道徳であり、社会人として生きる規範である。

道徳も修身の授業もなかった昔の子どもは、悪いことをすると「誰がいなくてもお天道(テントウ)様が見ているよ」と周辺の大人達から諭された。どの時代も基本的な社会人として生きる知恵を大人達は子どもに授けた。

東日本震災の際に人々が見せた整然とした行動が世界中の人々を驚かせた。被災地では略奪も暴動もなく、都心もマヒした交通網の中で整然と列を作ってバスを待つ人々の様子が全世界に流れた。日本人の高い公徳心を誇らしく思ったものだ。

道徳教育の基本は「自分を高めること」「他人を思いやること」「規律を守ること」の三つのカテゴリーにまとめられるが比較的日本人はバランスよく身に付けている。

古き良き日本には悪さをしたらよその子も叱る大人や困っている人がいたら声をかける人が多かった。

ところが生活圏が拡がり都会化が進み、核家族の増加にともない人間関係が希薄になるにつれて、見ず知らずの人にうっかり声を掛けようものなら、不審者に思われやしないかと、積極的に人と関わることを敬遠するようになってしまった。

東日本震災の際には多くの人が進んで被災地の方々を支援した。不幸な出来事ではあったが、積極的に人と関わり優しく思いやる古き良き日本人の心を取りもどす契機になったのかもしれない。

道徳の教科化が子どもたちの積極的な思いやりの心を育てるなら結構なことであるしその効果を大いに期待したいものである。

2014/2/5 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。