VOL.210 上手な叱り方

2014/01/22

教師にとって生徒を叱るのはかなり精神的苦痛をともなうものだ。人を叱るのは教師に限らず誰だって愉快なことではない。イヤな思いをして叱っても、相手が「どこ吹く風」「カエルの顔に水」で本人の心に何も残らなければ正に徒労でしかない。

いかに上手に叱るかは教師の力量の目安ともなる。

日頃しっかり指導していれば問題は起こらないはずだが、相手は高校生になっても所詮子どもである。予想を超える悪さをやってくれる。修学旅行中に仲間同士部屋で撮った写真を見ると生徒の指にタバコがはさまっていたとか、文化祭開催中の女子校に用事で出かけたら学校で授業中のはずの生徒と会ったこともある。

教師をしていると見過ごせない生徒の悪事に遭遇することは必ずある。

教師の必須条件は良い授業ができることだがそれだけではない。授業以外の校務も大切で特に生徒指導の力は大きい。男子校には体育系の恐い教員が必ずといっていいほどいて睨みを利かせている。生徒が従順に指導に従うなら結構なことである。ただ力で抑え付けるのは限界があり、扱いにくい面従腹背の生徒を育ててしまうかもしれない。

事の大小に関わらず必要とあらば教師は生徒を叱らなければならない。見て見ぬふりをするのは最悪として、叱ったり注意するだけの教師もダメだ。どうすればいいかまで教えてやるのが教師の務めである。

「ここを通ってはいけません」ではなく、「向こう側を通りなさい」、「廊下を歩きながら物を食べるのは止めなさい」ではなく、「教室に行って座って食べなさい」が正しい言い方だ。

廊下にゴミが落ちていたら教師は生徒に「拾いなさい」という前に自分で拾うべきである。気づいた人が先に拾うことが一般社会の良識である。「立場上生徒に拾わせることが正しい」などと思っていては生徒の納得は得られないし素直に応じてくれない。教師が率先してゴミを拾わない学校の生徒がゴミを拾うわけがない。

先読みができ自ら率先して動く人こそ「叱り上手の教師」になれそうだ。

2014/1/22 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

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