VOL.209 初詣で

2014/01/15

日本人は概して宗教に淡泊な人が多いと思われるが、今年も多くの善男善女が神社仏閣に初詣でをする様子がニュース等で報じられた。

先日、真言宗の僧侶のお話を伺ったが初詣に来られる方が意外に基本的なことを知らないと言う。話の中で興味深かったのは、お参りの前に手水舎で、「手を洗い口を漱ぐ」ことの意味だ。「なぜ?」と言われれば「仏前には不浄を清めて行くのが礼儀だから」としか答えようがない。概ね正しいが、人間の災いは口と手が招くからだそうだ。確かに悪いことは口と手が介在することが多い。他人の悪口を言ったり騙したり罵倒するのは口だし、盗みや暴力を振るうのは手である。まずは悪をもたらす根源を清めるのだそうだ。

寺院は参道の真ん中を歩いていいが神社では端を歩くのが正しい。神社の参道の真ん中は神様の道という考えがあるらしい。手を合わせるのも、お寺では右手は自分で左手は仏様とする考えがあり、静かに合掌して仏様の恵みを戴くという意味があるらしい。効果をあげるべく両手を優しくこすり合わせることもする。一方神社の拍手は、邪を祓うためか神様を迎えるための合図かだろうが調べてもはっきりしない。神仏混交の歴史は長く、たとえ寺院で拍手したところで咎める人などいない。

冒頭にも書いたが日本人の宗教観は希薄かつ曖昧で穏やかである。ジハード(聖戦)といった帰依する宗教に殉ずるような発想は日本人にはあまりない。かつてオウム真理教の事件があったが一般人からは隔絶した異端の人たちであった。

昨年の暮れに安倍総理が靖国神社に参拝して物議を醸した。神道では「人は亡くなれば全てがご破算(白紙)になり神となる」とされるので、戦犯が何人合祀されていようとも死の世界に行ってしまえば平等に対応するのである。生前の憎しみを晴らすために墓を暴いて鞭打つようなことはしない。

日本のこの緩やかな宗教観を他国の人々に理解してもらうのは至難の業だが繰り返し努力を続けるしかないだろう。クリスマスを祝い、神輿をかつぎ、盆踊りを楽しむような国であることに何かしら安心感を覚える人は案外多いと思われる。

2014/1/15 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。