VOL.207 紅白歌合戦

2013/12/25

かつては「歌は世につれ世は歌につれ」(歌は世の中の動きに応じて変わり、世相は流行(はや)り歌に影響される)というアナウンサーの前振りの言葉で始まった紅白歌合戦は今や年末恒例の国民的行事ともなっている。

この「ことわざ」の「歌」は元々和歌や能・狂言に用いる歌を指していたが現代流行の歌謡曲・ポップス等にも相当する。

昭和20年に原型になった「紅白音楽試合」が大晦日に放送されたがアメリカの占領下で「合戦」の語は使えなかったという。正に「世につれ」である。

紅白といえば源平合戦の平氏の赤旗に対して源氏が白旗を掲げて戦ったことに起因するのだろうが、紅白幕や紅白饅頭など慶事を表すようで新年を迎えるにあたっては相応しいのかもしれない。

紅白歌合戦として第1回が放送されたのは昭和26年正月3日で、第3回まで正月番組だったそうだ。第4回から日本劇場で大晦日に行われるようになり、その後宝塚劇場・NHKホールと変わり、今年64回を数えるに至ったということだ。

その間ラジオからテレビが主流になり、戦後の耐乏生活から豊かさを共有できる時代を迎えた。娯楽も多様化したが紅白歌合戦は変わりなく高い視聴率を保っている。

大晦日の夜は家族全員が揃って一家団欒の時を過ごす。テレビには紅白歌合戦が映っている。こんな年の瀬の風景が長い時代を超えて日本の風物詩の一つになっている。かつては紅白の歌唱を低俗に過ぎると非難する評論家もいたそうだが、今や国民的行事となって日本人の生活のなかに定着しているようだ。

先ごろ和食が世界文化遺産に登録された。歳末から年明けにかけて、年越しそばやお節料理も和食文化を代表する風俗だが、そこには「食」を取り巻く日本ならでは生活様式も包括されている。

第二次世界大戦が多くの生命を犠牲にして終結した後、日本人は平和の尊さを骨身に感じて守り続けてきた。大晦日に紅白歌合戦を家族で観ながら和やかに年越しそばを食べるといった幸せな日本ならではの文化が末永く持続してほしいものだ。

2013/12/25 彦井 脩

彦井先生写真②  

彦井 脩

当社アドバイザー。 昭和38年にキリスト教主義の女子校に勤め、その後、平成4年に男子校に転じ平成20年までの45年間教員生活を続けた。その間、塾や予備校の講師、参考書やエッセイの執筆もする。

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。