VOL.172 「ツイッター」

2013/03/27

このところ短い言葉でのコミュニケーションが主流になっているという。140字という制限のあるツイッターが影響して
いるのかもしれない。

 

先日、朝井リョウの直木賞受賞作「何者」を読んだ。所々に配されるツイッターの言葉を通して登場人物の心の綾がつづられて物語が展開していく。ツイッターもフェイスブックにも無縁な私には若者文化の受容はたやすくはないが面白く読了した。

 

ツイッターの直截な表現から、省かれ文字にされなかった思いを相互に読み取ったり、別のアカウントをさがして本音に迫ったりといった人間関係は新鮮で興味深いものがあった。
とはいうもののツイッターやフェイスブックを始めるかと問われれば素直に「はい」とは応えられない。不特定多数の人と交流の場を持つことの功罪がまるで見えないからである。

 

互いに同じ社内や校内にいながらメールやツイッターで思いを伝え合うことに、私などは違和感を覚えざるを得ないが、好悪に拘わらず若い世代と接している教師はこの文化を避けて通ることはできないだろう。

 

だとしたら、どう付き合うかぐらいは考えてもいい。ツイッターの妙味は情報の交換でもなければ、友だちを増やす手段や寂しさを紛らわすものでもなく、自他の感情の機微に共感を覚えることにあるそうだ。

 

日本独特の俳諧文化に共通するものを感じる。蕪村のように「月天心貧しき町を通りけり」などと「つぶやく」のもいいかもしれない。

2013/3/27 彦井 脩

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