Vol. 17「啐啄(そったく)の機」

2009/12/09

テレビにも飽きて、これから勉強をしようかなと思っていた矢先に、母親から「いつまでもぐだぐだしていないで、勉強しなさい。
」と言われる。

「勉強は自分の意志でやるところに意味がある。
親から言われてはやりたくない。
」と不貞腐れる。
挙句の果てに、自分の勉強ができない事まで親のせいにする。
こんな、あるいはこれに似た経験をした人は多いのではないだろうか。

正に身勝手な論理の極地といえる。
所詮、親にハッパをかけられなければ、うだうだし続けるのがオチと思われる。

こういった類のことは、教師と生徒の間にも度々起こる。
教師の生徒への叱咤激励は、ややもすると生徒にとって余計なお節介、迷惑千番で、やる気が殺がれるといった批判となって撥ね返ってくることがある。

生徒は自分の不勉強を棚にあげて、色々と言辞を弄しては教師に責任を転嫁したがるし、母親は子どもの弁護士になって教師を攻め立てる。

そうかといって「触らぬ神に祟り無し」と、無気力な生徒を放置しておくわけにもいかない。
低迷している生徒をなんとか奮起させたいと思うのが、教師の良心であり、宿命といってもいい。

ただ、教師の叱咤激励は両刃の剣で、タイミングを外すと逆効果どころか、自ら批判の矢面に立つようなことにもなりかねない。

上野動物園の元園長が好きな言葉として、「啐啄(そったく)」という語をあげた。
雛が誕生する時、ヒナ鳥が殻を内側からつつくのが「啐」で、それに合せて親鳥が外から殻をつつくのが「啄」と言い、両者の動作が一致する絶妙なタイミングを「啐啄の機」というのだそうだ。
禅宗の僧が弟子の悟りに至る際に用いる、正に教育実践の語である。

生徒の飛躍する機を逃さず声をかけたり、躓く寸前に手を差し伸べたり、正に「啐啄の機」を逸することがないように、日頃から生徒の身近にあってよく観察し、親身な指導を心がけたいものである。

2009/12/9彦井 脩

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