VOL.159「時機を逸してはならない」

2012/12/12

電車の中で奇声を発して走り回る子どもを叱りもせず世間話に熱中する母親達を見かけた方は多いと思う。「子どものことだから仕方がない」ではなく「子どもだから叱らねばならない」。

麦は極寒、稲は酷暑を乗り越えて豊かな実りの季節を迎える。人も適切な時機を逸することなく厳しく躾られることで社会生活を円滑に過ごせる人格を身につけるのである。

とはいえ電車の中で無作法な振る舞いをする子どもがいても見ず知らずの他人の子どもだったら叱ることなどできない。

昭和20年代に育った私はよく大人達から怒られたものだ。近所には恐いオジサンやオバサンがイヤというほどいた。よその家の無花果や柿の実を勝手にとって怒られたり、草野球のボールでガラスを割って逃げたら家に恐いオジサンが怒鳴り込んできたこともある。その度に母親の謝る姿を見てしばらくは大人しくし、また繰り返しては怒られたりしていた。子どもの頃にホメられた記憶はほとんどなく絶えず怒られていた気がする。

今の子どもは怒られるべきチャンスを失っている。教師は生徒が悪事を働いたら時を空けずに叱るべきだ。学習指導に限らず生活指導も大切である。勉強が多少できなくても生きてはいけるが基本的な道徳感や倫理感無くして円滑な社会生活は営めないだろう。子どもを取り巻く環境は今や事なかれの発想に覆われ本音で生徒を叱る教師は絶滅危惧種の状況に陥っている。

怒られたことのない教師が増えたらますます叱れない大人達の増過を加速させるかもしれない。子どもの将来のためにも日頃から毅然と叱り指導する大人であり教師でありたいものだ。

2012/12/12 彦井 脩

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