VOL.153「問答有用」

2012/10/31

教員になったからには、教科書をただ読み上げるような一方通行の授業ではなく、生徒と言葉が行き交う楽しい授業をしたいと誰もが思うものだ。

ところが実際に教壇に立つと、新任教師が夢に描く授業などたやすく展開できないことを痛感することになる。

授業中に、考えもなく生徒に問いかけの言葉を投げようものなら、さっと退(ひ)かれてしまうのがオチである。誰だってあまり親しくもない相手から突如問いを発せられたら身を退(ひ)くだろう。

初めて習う先生に、「前から三番目のキミ!この俳句はどんなところが良いですか?」なんて訊かれたら、びっくりして「名前でなく三番目かよ」と言葉尻をとって不快に思うのが関の山で、
まともに答える方がむしろ奇異に思われるかもしれない。

発問するには、それなりの覚悟と準備が必要である。

たとえば「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」という句について、
「季節の分かるのは、柿・鐘・鳴る・法隆寺のどれですか?」と訊かれたら「柿」とすぐ答えられるが、「鐘が鳴ることでどんな感じがしますか?」なんて訊かれたら即座には答えは出てこない。

言葉のキャッチボールを楽しむには、生徒が授業に意欲的に取り組む環境をととのえ、問いかけの内容も単純な答えやすいものから徐々に地ならしをする必要がある。

基本的に授業は双方向の問答や呼応でありたいが、主役はあくまでも生徒であって教師は言わば脇役である。教師主体の問答無用の授業ではなく、生徒の言葉が授業内容のさらなる深化を導いて行くような展開ができたら拍手ものである。

2012/10/31 彦井 脩

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