VOL.133 「言外の意味」

2012/06/06

私立中学を受験する子どもを持つ親から、「ウチの子は国語がダメなんです。上手い方法はありませんか」と訊かれることがある。私が国語の教師だったことを知っての言葉である。

基本的に勉強に上手い方法などない。ドラえもんの「暗記パン」のようなものなどあるはずがない。とはいえ、「そんなもんありませんよ」とニベもない返事もできず「国語は実力UPの難しい科目ですからね」と曖昧な返事をしている。

重ねて色々訊かれると、「国語の苦手な子は素直に育っている良い子が多いですよ」と答える。テストで、「キミって本当にイイ人だね」という箇所に―線が施してあったら、素直な子は「イイ人」とそのまま受け止める。皮肉をこめた表現などとは思いもよらないのである。ところが国語の問題はこうした、「ウラハラ」の表現や言外に表された意味を答えさせることが多い。

言葉のまま何の疑いもなく素直に受け止める小学生には酷な問題になる。これは大人になり人情の機微にふれるようになれば自ずと解決することだが、当面の入試だけは上手くクリアしなければならない。

日本で学ぶ留学生に、芭蕉の句「古池や蛙飛び込む水の音」の情景を想像させて書かせたら、多くの学生が無数の蛙がドボン、ドボンと大きな音を立てて飛び込む様子を書いたという。

「古池や」で物静かな古刹が浮かび、蛙が池に飛び込む一瞬の音にさらに静寂が深まり悠久の時の流れを感じ取る。こうした日本人ならではの繊細な感性は失いたくない。教育の現場でも、生徒たちに言外の微かな心情や情趣を敏感に受け止める、日本人のアイデンティティーにも関わる感性を育てたい。

2012/6/6 彦井 脩

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