VOL.118「お化け煙突」

2012/02/15

もう昔のことになるが、足立区の千住に「お化け煙突」と言われる不思議な煙突があった。4本の煙突が絶妙な配列で建っていて、見る位置によって1本にも見えるし2本にも3本にも4本にも見えた。子どものころ、足立区に住んでいたことがあって、友だちと荒川の土手を歩いて見え方を確かめたことがある。

人も同じように見る人の立ち位置によってさまざまな見え方をするし、見られる当人も居場所や周辺にいる人や相手によって微妙に変わるものらしい。

身内などといったごく親しい間柄なら別だが、一般的な普通の人間関係だとほとんど相互に側面だけを見て生活している。ある人が「Aさんは優しい人だ」と言い、別のある人が「Aさんは冷たい人だ」と言う。大抵の場合どちらも正しい場合が多い。
それぞれ別の側面を見ていたに過ぎない。

教師と生徒の関係も例外ではなく、正に偏見で捉えた人格のまま相互に向き合っている。生徒が個々の教師の人格をどう判断するかは些末なことと言っていいが、教師が生徒を独断と偏見をもって対応するのは大いに問題がある。

最も見えないのは自分だと前に書いたことがあるが、とかくトラブルのもとになるのは自分が思っている人格とあまりにも乖離した処遇を受けた時である。生徒も同様で教師があまりにも自分を誤解していると感じた時に彼らは反抗的な態度をとるのである。

生徒に限らず人は他人が見るより自分に対してはるかに高く評価して生きている生き物である。人と接するときに見えている部分だけに対応していると得てしてトラブルの元になる。

成長期にある生徒は見えない部分が多いどころではない。心身共に日替わりで進化?し続けているようなものだ。とにかく教師は生徒を「こういう人間だ」と決めつけることは禁物である。

教師は常に新たな気持ちで全てを俯瞰するように生徒を見たいし、生徒からも同様に日々新たな目を向けられるような存在でありたいものだ。

2012/2/15 彦井 脩

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