VOL.116「縁と絆」

2012/02/01

東北の被災地で多くの人々が参加したボランティア活動は「人の絆」の美しさと温もりを与えてくれた。そして「絆」が昨年の漢字に選ばれた。

「絆」に似た言葉に「縁」がある。共に糸偏の文字である。殊更に「縁」と「絆」を分けて定義づけることもないが、「縁」は、「合縁奇縁」「縁は異なもの味なもの」「袖振り合うも他生の縁」などと、さまざまな場面で使われるのに対して、「絆」に関わることわざなどはあまり聴かない。

語源をたどると「縁」は「布のへり」で、「へりをたどりもとへもどる」といったことから、「手づる・つながり」の意味をもつようになったらしい。一方「絆」は「牛や馬などを繋いでおく綱」のことだったそうだ。

両者には似て非なる微妙な差異があり、若干「絆」に能動的な意味合いを感じる。敢えて言えば、「縁は与えられるもので、絆はみずから深めるものである。」となるかもしれない。

日頃の生活の中で私たちはさまざまな「縁」や「絆」で結ばれている。多様な人間関係の中で、特に人格形成期にある中高生の友だちや教師との関わりは、その後の人生にとって大きな影響を持っている。生徒も教師も相互に相手を選択することはできない。
たまたま担任の教師になったり生徒になったりする。そうした「縁」が生徒の卒業後も同窓会やクラス会やクラブのOB会などと縁が続いていったりする。

こうした学校に関わるような正に利害を伴わないピュアな関係が、「縁」から始まって「絆」を深める間柄に発展していく場合が多いように思う。

教師になったからには生徒たちとの縁が長く固い絆で結ばれる関係を構築したいものだ。かなり前になるが卒業生の結婚式に招かれた時に、新郎の友人が長渕剛の『乾杯』、「かたい絆に想いをよせて 語り尽くせぬ青春の日々 時には傷つき時には喜び 肩をたたきあったあの日」と熱唱した。本人の優れた歌唱力もあったが心に染みて今も時折思い出すことがある。

2012/2/1 彦井 脩

ご意見・ご感想は彦井 hikoi@careervista.jp まで。