VOL.107「叱ると怒る」

2011/11/02

「子どもは叱られる権利がある・・・ところが子どもを叱る人が少なく怒る人が多い」

ある教育家の言である。「言葉遊び」のようだが「確かに」と思い当たることも多い。

「叱る」は他動詞で「相手のよくないところを注意する」ときに用いるが、「怒る」は「腹が立つ」といった自動詞にも使う。

だから「先生に叱られた」は冷静さを、「先生に怒られた」からは感情的な思いが伝わってくるようだ。

先日、阿川佐和子と綿矢りさの対談をTVで観た。「心に残る一曲は?」の阿川さんの問いかけに、綿矢さんは躊躇うことなく松任谷由実の「卒業写真」をあげた。

バックに曲がかかり「人ごみに流されて 変わって行く私をあなたはときどき 遠くでしかって」という歌詞が流れた。すかさず阿川さんが「しかってくれる人は?」と訊いたようだ。

「しかって」の言葉に才女三人の想いが結ばれたように感じた。
人はみな「叱る」の底に流れる純粋な愛を感じ素直に受け入れたいのである。

当然のことながら教師は叱らなければならないが、自分の教員生活を振り返ると怒っていた方が多かったような気がして今更ながら慙愧に堪えない。

「これは叱っておいたほうが良い」などと余裕をもって叱れるようになるには教師になってかなりの長い歳月がかかった。

若い教師が「怒る」のは、概して生徒の言動に自尊心が傷ついた時である。よくあるのは授業中に他教科の勉強をしている生徒を見つけた時などである。

日頃から怖い教師は生徒の方も心得ていて悪さをしないが、温和しくあまり注意もしない教師となると、往々にしてお調子者の生徒が悪乗りする。そんな生徒に我慢を重ねてきた教師がキレルとふだん怒りなれてないだけに収拾がつかなくなり、鉄拳を振るったりしてしまう。

生徒を上手く叱るのは難しい。冷静さが勝れば愛情が薄く感じられるからだ。教師は叱るべきときには叱り、場合によっては本気で怒っているふりをして叱ることもあっていいと思う。

2011/11/2 彦井 脩

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